「リウマチ発症」の半生を振り返る

前回の自己紹介記事で、私はリウマチを発症し、そこから断薬に至ったとお話ししました。

今回は「なぜ、私はリウマチになったのか?」をテーマに、家系や自分の半生を振り返ってみたいと思います。

改めて振り返ると、「病気になって当然」だったと思えます。

逃れられない「家系」の呪縛?

まず、私の家系から見ていきたいと思います。
私の父方の親族は、明確に二つの病気を持っています。

1. リウマチ

  • 祖父(他界): リウマチを患う。一時は漢方で回復傾向にあったものの、後年に再発。
  • 祖母: 全身の関節が変形し、現在は車椅子での生活中。
  • 父: 現在、免疫抑制剤と生物学的製剤を使用中。

2. 肺疾患

  • 祖父・叔父: 共に肺がんで他界。
  • 父: 現在、間質性肺炎を患い、軽い状態で維持している。

つまり、「リウマチ」と「肺疾患」という二つの弱点を受け継いでいたことになります。

💡 今になって分かること:遺伝子と「病気の発症」は別物
以前は「親がそうだから仕方ない」と諦めていました。
しかし勉強していき、分かったことは、遺伝はあくまで「家系的に弱い部分」に症状が出やすいだけ。
「実際に発病」するのは、自分の生活習慣(環境)次第

自分は、病気を手招きする生活を続けていたんだと理解しました。。

幼少期の「喘息」

遺伝的背景もあり、自分は幼い頃から喘息持ちでした。

  • 小児喘息とステロイド:
    幼児期から高校生になるまで長期間、ステロイド吸入を使用していました。
    吸入器の怖いところは、使えば使うほど量が増えるという点です。
  • 度重なる怪我と手術:
    小学生で頭部を8針縫う大怪我、中学生で盲腸の手術。
    そして高校時代の「左膝の靭帯・半月板損傷」です。
    後に、私のリウマチの最初の症状は、左膝から始まりました。

📝 今になって分かること:薬のリスクと代償
ステロイドによるよって症状を抑える事は、「長期間の免疫抑制」という事でした。
対処療法の裏で、私の体は着実に弱りっていたと思います。

最悪の食生活

遺伝的素因、幼少期からの投薬と怪我。そこにプラスして「最悪な食生活」。

母の料理以外は、体に悪い物を好んで食べていました。これが40歳近くまで続いてたので何も言う事は無いですね。

【小中学生時代】
基本は母の手料理でしたが、ジュース、アイス、パン、そして鈴カステラをよく食べていました。

【高校生時代:崩壊の始まり】
朝は家で食べるものの、昼は学校でパン。帰宅後はおやつにパン+マーガリン、そしてポテチ。 夜は手料理や外食という生活でした。

【大学〜社会人(39歳まで):加速する炎症】
朝からパン。昼と夜は、パスタ、ピザ、うどん、揚げ物、カレー…。
リウマチ患者さんには多いと思いますが、タバコと酒は一切やりませんでした。
今振り返ると、たばこ・お酒も体に良くないですが、それ以上に悪いものを食べていました。
結婚後は、妻の手料理を食べてましたが、朝が早い時や昼食等は、引き続き以前の食事のままでした。

大好きだった「毒」リスト

これらは、私が毎日のように好んで食べていたものです。

  • 菓子パン(特にマーガリンたっぷりのもの)
  • パスタ、ピザ、うどん(小麦製品全般)
  • 揚げ物(酸化した油)
  • 清涼飲料水(異性化糖)
  • ファミレスのデザート…等々

⚠️ 今になって分かること:「食事」ではなく「毒」だった
上記の記載している、小麦(グルテン)、油(プーファ)は形成形態時破壊」そのものです。
敏感すぎる性格や、集中力のなさ、イライラ…。
あれは性格の問題ではなく、表面に出ていた症状の一部だったのだと思います。

ずっと前から出ていたSOS

今思えば、関節が痛くなるずっと前から、精神面や体調面に明確なサインが出ていたと思います。

  • 睡眠障害: 寝つきが悪く、夜中に3回は目が覚める(中途覚醒)。翌朝に予定があるだけで眠れなくなる。
  • 集中力と情緒の欠如: 授業中や仕事中の異常な眠気。その反動のような過集中。基本テンションが高く、すぐにイライラして周囲にあたってしまう。
  • 過敏性: 音や人の雰囲気に非常に敏感で、人一倍疲れてしまう。

これらは「性格」だと思っていましたが、乱れた食生活によって引き起こされていた症状だったのです。

訪れたリウマチの症状

長年蓄積されたダメージは、2019年夏に古傷の左膝の怪我をきっかけに、リウマチの症状が出始めます。

(次回の記事「発症、手術、そして宣告」へ続く)

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