誕生日の夜に救急搬送。地獄の半年間

2019年の夏、家族でボルダリングを楽しんでた時に起きました。
左膝あたりで小さく「プチッ!」という音が聞こえた気がしました。

少し痛みがあったので、「またやっちゃった」と軽い気持ちでいました。
しかし、この膝の怪我がすべての始まりでした。

今回は、2019年夏から2020年3月の手術までの「地獄の半年間」を書いていきます。

治らない膝、抜けない水

怪我してから、しばらくしても腫れが引かないので、整形外科に行きました。
その時は、まだ少し長引いてるなという感覚でした。

しかし、その後も腫れがひかないどころか、膝に水が溜まり続け、パンパンに腫れ上がっていきました。
さすがに変だと思い、大病院やセカンドオピニオンにも通い、MRI検査も行いましたが、原因は不明。

  • 痛みレベル:6(10段階中)
  • 症状: とにかく動かせない。少しの段差も辛い。何より半年間腫れっぱなしだったのがつらかったです。

曲げることも伸ばすこともできず、寝る時は膝の下にタオルを置いて、微調整しないと眠れない日々でした。
それでも「これはただの怪我がこじれているだけだ」と信じ込んでいました。

その後、あまりにも水がひかない為、
整形の先生から「これはおかしいから一度クリーニング手術をしよう」となりました。

実際に手術が行われたのが、半年後の2020年3月…。膝の症状を抱えながら始まった地獄の日々になります。

全身への飛び火(2019年 秋〜冬)

膝の腫れが続く中、自分の体の異変は全身に広がり始めました。
今振り返ると、ほぼ全部の関節に炎症が起こったんだとわかります。

  • 左手首(10月頃〜): 手をつくと激痛が走り、体重がかけられない。サポーターが手放せなくなる。術後、最も悪化した箇所の1つです。
  • 顎(あご): 人生初、顎の関節が外れる。口の中で「カリッ」という音が鳴り、半開きのまま激痛で閉まらない。(痛みレベル4)
  • 腰: ぎっくり腰を2回。
  • 肩:両肩も交互に痛み出し、痛い方を上にして寝ないと眠れない。(痛みレベル6〜7)
  • 指・足首・首にも軽く炎症が発生(大きな関節に症状が集中していたため、ここは軽傷ですみました)

今思えば、体が毒を排出する場所を探していたのだと思います。
しかし当時の私は、次々と襲い来る不調に、ただただ翻弄されるばかりでした。

💡 今になって分かること:それは「怪我」ではなく「毒の排出作業」だった
膝、手首、顎、肩…。
私の体は、糖をエネルギーに変える「代謝」が回らなくなっており、「毒の排出先(関節)を見つけては、炎症を起こして排出を行う状態」でした。
関節に炎症を起こしたのは、家系的に関節が弱い為、「炎症が起こりやすいという状況であった」にすぎません。

誕生日に緊急入院(2019年12月)

そして、忘れもしない日が。
それは、私の誕生日の夜のことでした。

日中、少し股関節に違和感があったのですが、問題無く生活を行いました。
その晩、突然右の股関節に人生で経験したことのない激痛が襲いました。

  • 痛みレベル:10(MAX)
  • 状況:何もしなくても激痛! 息を吸う振動も激痛!
    痛み止めを点滴してもらっても激痛が治まらず、夜明けに気絶。

あまりの痛みに動くこともできず、そのまま救急車で搬送されました。
検査の結果は「股関節に炎症があるが、原因不明」。
一晩中、痛みで眠ることもできず、あまりの苦痛に気絶するようにして意識を失うのがやっとでした。

入院は5日間。 病室のベッドで、朦朧とする意識の中で見た年末のお笑い番組(M-1グランプリ)を、今でも鮮明に覚えています。
「なんで誕生日に、こんなことになっているんだろう…」終わりの見えない痛みに、心が折れそうでした。

手術、そして更なる泥沼へ(2020年〜)

手術については、次回以降に書いていく予定ですが、今回は触りを少しだけ。

「膝さえ治れば、なんとかなるかもしれない」 と思い、2020年3月に左膝のクリーニング手術を受けました。

しかし、手術で排出先がなくなった炎症は、次の場所に移動して炎症を起こしていきました。

▼ 右肘の崩壊
手術後の秋、投薬で腫れも一段落していた最中、久しぶりにテニスをした直後から肘が腫れ上がり、そのまま戻らなくなりました。

  • 症状: 箸を口元に運べない。ネクタイが結べない。頭を洗うのも難しい状況。

▼ 左手首の悪化
手術前からあった左手首の痛みは、「膝の代わりか?」というほどにパンパンに腫れて悪化しました。

  • 痛みレベル:9
  • 症状: 腫れすぎてペットボトルの蓋が開けられない。手首を心臓より下に下ろすと、血流がドクドクと流れるだけで激痛が走る。手首にステロイド注射をしても腫れは治まらず

⚠️ 今になって分かること:薬と対処療法が「火」に油を注いだ

当時、痛み止めや湿布、そして手術という「外科的侵襲(ストレス)」を体に与え続けていました。
これらはミトコンドリアの機能を抑制し、解糖系(炎症を引き起こすエネルギー回路)を加速させる行為です。
弱りきった体に手術という大きな負担をかけたことで、追い打ちをかけたのだと思います。

次回予告

膝から始まり、股関節の激痛、そして手首・肘の機能不全。
これだけ体が悲鳴を上げているのに、まだ私には「リウマチ」という確定診断が出ていません。

次回は、「関節リウマチ」が診断された時の話になります。

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