2020年3月。
「痛みから解放される」
私は片道2時間かかる場所にある病院(術前からお世話になった病院)に入院をしました。
今回は、リウマチ診断の前に行われた「左膝のクリーニング手術」と、そこでの入院生活についてお話しします。
手術(沢山の書類たち)
入院したのは手術の前々日(だった気がします。ここはうろ覚え)
執刀してくれる先生は、非常に評判の良い「やり手」の先生でした。
(今でも、その外科的な技術の高さには感謝しています)
手術前に渡された書類の確認で、書類の多さにビックリしました。
- 手術・検査・治療に関する説明と同意書
- 特定生物由来製剤使用承諾書
- 輸血に関する説明と同意書
- 麻酔・鎮静に関する同意書…など
クリーニングという名前だから、膝の中を綺麗にするだけなのに、結構書類が多いんだなー。
と思ってました。
中にあった「輸血」や「製剤」といった言葉が並ぶ書類は、今になって「怖っ!」と思います。



手術の写真



手術(うっすらとした記憶)
当日の昼頃、手術は行われました。
麻酔が効いていたため、痛みはありません。
意識もうっすらとしていましたが、覚えているのは、手術台にあるライト。
耳に残っているのは、金属が触れ合うような「カチャカチャ」という音でした。
手術自体は数時間で終了。先生の手際は本当に鮮やかで、術後の傷跡も最小限でした。
しかし、術後の説明で先生が
「手術は成功して綺麗にしたけど、滑膜(かつまく)の炎症の仕方がちょっと変だったから、念のため、病理検査に出しておくね」
「変だった?」 その時は深く考えませんでしたが、これがリウマチ特有の滑膜の炎症だったようです。
リハビリの「少しよそよそしい空気」
術後数日。筋肉が固まってしまうのを防ぐため、すぐにリハビリが始まりました。
▼ 痛みとの戦い
カチカチに固まった左膝周辺の筋肉を、無理やり曲げ伸ばしするリハビリは結構痛かったです。
「筋が切れるんじゃないか?」という痛みを耐えた記憶があります。
▼ 担当者の「沈黙」
それ以上に気になったのが、リハビリ担当の方の雰囲気でした。
リハビリ計画書にはもちろん「リウマチ」の文字はありません。
しかし、担当の方は私の手首の具合や、術後の膝や左手首を見て、何かを悟っているような…
どこか「言いたいけど言えない」よそよそしい空気が漂っていました。
今思えば、プロの彼らはこの時点で気づいていたのでしょう。
でも、病理検査の結果(確定診断)が出るまでは、患者には何も言えないのです。

恐怖の帰宅
車椅子から始まり、両松葉杖、そして片松葉杖へ。 歩ける見込みが立った段階で退院が決まりました。
自宅までの2時間の電車移動。
松葉杖をついて歩く私にとって、行き交う人々がすべて「脅威」に見えました。
「もしぶつかられたら…」「転んだら終わりだ…」 人混みを避け、休みながら、なんとか自宅へ辿り着きました。
💡 今になって分かること:手術をしても他に移動するだけ
当時の私は「悪い部分を切れば治る」と信じていました。
しかし、体というのは正直なもので、次に排出出来そうな場所を探していくんですね。
しかも、代謝異常でボヤ騒ぎが起きている体に、手術というメスを入れたことで、体は非常事態に
この時から、すでに私の体が全身性のエネルギー代謝不全を起こしていた証拠だったのです。
次回予告
「これからは良くなるはず」 という期待とは裏腹に…
次回は、「リウマチ確定診断」。
そして、地獄の第二章についてお話しします。


コメント